丹後大宮駅です。
駅員さんはとうの昔にいなくなり、今は
おばちゃんがひとり、
切符を売ってくれます。
改札もないので、おばちゃんに渡すだけ。
国鉄時代は、たくさんの人が乗り降りしたのでしょうが、
今は
北近畿タンゴ鉄道という会社が運営していて、
本数も大変少なくなりました。
子どものころは、自分が乗ってきた車両があんまり後ろだと、
ホームがなくなって、飛び降りる羽目になったものです。
母がうっかり飛び降りたら、
パンプスのヒールが折れたって、
今回も話してくれましたが、
(それ、何度も聞いたよ)って、
心の中で思いました。
今は急行でさえ2両だけど、昔は長い車両を引いて走っていたってことだよな~
駅前の案内。
全く観光名所がないと、言わんばかり。
それがこどものころは、好きだった。
何にもない、田舎。
初日、母や、実家に一人暮らす叔母の姉である、
一番年上の
叔母が、ご飯を食べに寄りなさいと言ってくれて、直行。
このお寿司は、この地方に伝わるお寿司で、鯖の水煮缶を
甘辛く煮たものを間にサンドし、上にかんぴょうやしいたけを
やはり甘辛く煮たものと、錦糸卵、かまぼこ、グリーンピースを
散らします。
ちなみに、これは押しずしではありません。
丹後に帰ると、おばあちゃんが必ず作ってくれました。
お正月には、母も作ってくれました。
お寿司といったら、私の中ではこれです。
叔母の心づくしのもてなしです。
祖父母が亡くなってからは、何だかこの一番上の叔母が
自分のおばあちゃんみたいな気持がして、不思議です。
会うと、ほっとします。
叔母は、夫婦で
丹後ちりめんの機織りの工場をしていました。
あのころは、
「ガチャマン」と呼んで、大変景気がよく、朝から夜遅くまで
ガチャンガチャンと町中うるさかったものです。
工場に入ると、あのころ大変珍しかった
巨大クーラーがで~んと
鎮座ましましていて、大変涼しくて感動したこと、今でも忘れません。
景気が良かったあのころを知っているだけに、みんな廃業してしまった
現在が、とても残念で、悲しいです。
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